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雑草の詩

草野球とアメリカン・フォークが好きな「村長」です

「あの国では仕方ない」では済まされない

 中国で開催されているゴルフの大会で、日本の松山選手がショットを打つ瞬間、カメラのシャッター音が。トリプルボギーとなるショットということもあり、彼はボールをラフ方向に投げた。前日にもミスショットに「ナイス!」との掛け声やカメラのシャッター音に携帯電話の着信音。「ここでプレーする以上、ある程度は覚悟しないとね」と言っていたのに、ブチ切れてしまいましたね。
 また、韓国仁川で開かれていたアジア大会で報道のカメラを盗んだとされた冨田選手が冤罪会見を開いてました。一か月以上たってから「オレは盗んでいない」といわれてもねー。本人は(弁護士かも)裁判沙汰にはしないみたいですが、かの国で一度認めてしまえば終わり。JOC役員も確認したという監視カメラ映像も存在している段階での釈明会見は見る気もしない。実際見ませんでしたが。
 この二か国に限らず海外でプレーするときは注意が必要。不審なモノをバッグに入れられた(と、村長も思いますが)、即対応すべきでしたね。大体、日本製のカメラを外国で窃盗する一流水泳選手(デサントの社員だった)など普通では考えられません。恐らく嵌められたのでしょうが今更の弁明賢明な措置ではありませんね。濡れ衣にせよ、汚名を着せられたまま帰国しちゃった訳ですから。
 産経新聞の前ソウル支局長が報道の自由を訴えているのを見ていたでしょうに。彼は、「謝罪すれば穏便に済ます」という甘言に騙されることなく戦っている。かの河野談話の際も「認めて謝罪すれば以後問題にしないから」と言われていた。それがどうなったか。まだ冨田選手は若い。認めてしまった時点で、お前がやった、お前が悪い、となる。
 冨田選手、勤務先を解雇され、日本代表から追放され、罰金10万ヲンを払ったけど、「高い授業料を払った」と割り切って再起してほしいものです。
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素直に錦織圭選手を応援

 日本テニス界のホープ、錦織圭選手。やりましたね、日本人選手では初となるグランドスラム決勝進出。明日の朝、いよいよ決勝です。あの元気良すぎる解説者、松岡修造氏は「我々が近づくことさえ出来なかった場所に立ったことは驚嘆だ」と称えてましたね。
 テニスに関してはラケットを握ったこともない村長も、錦織選手の偉業には素直に拍手を送りたい、なんて決勝で負けた後のコメントみたいですね(笑)。明日はぜひとも日本スポーツ史に大きな金字塔を掲げて欲しいものです。
 彼の急進歩の陰には今年からコーチになった、台湾系アメリカ人のマイケル・チャン氏の指導があると聞きます。チャン氏の粘り強く拾っては返すスタイルを、錦織選手は今回の全米オープンで発揮できています。4時間を超える戦いを二試合連続でモノにした精神力には、負けたランク上位の選手たちも脱帽したことでしょう。
 ただ、テニスのルールもよくわからない村長は、朝早くからのテレビライブ観戦は無理だろうな。最近の巨人の不甲斐ない試合に血圧が上がりっぱなしの身に、4時間超の観戦は大変きついのだ。

浦和レッズが差別的横断幕

 「Japanese Only」と書かれた横断幕を掲げたのは、浦和レッズサポーター。一度は撤去を促すも断られると結局放置してしまったのは球団の責任者。これを受けたJリーグ側は、次の浦和のホームゲームを無観客試合とする制裁を発表した。金銭的には3億円の損失でも、これを払拭するには数年から数十年はかかるだろう。
 欧州などのサッカーの試合ではよくあるそうだが、特定の人種に対する「いやがらせ」、「挑発的な横断幕」は日常茶飯事。日本人からすれば、「スポーツの試合で何を主張しているのやら」と思う。そういえば、国際試合なのに変な巨大写真や政治的メッセージを主張する「お隣さん」もありましたね。
 今回の事件で「唯一の救い」は、この行為が特定の民族に対するものではないこと。政治的メッセージは一切含まれていなかったことだろう。彼らによると、「ゴール裏はサポーターにとっては、聖地。レッズを熱狂的に応援する人だけが入れる場所で、その聖地に外国人は入って欲しくない」という単なる身勝手な発想からの行為らしい。
 熱狂的に応援する外国人だっているだろうし、日本人は素晴らしいプレーには邦人、外人を問わずエールを送れる民族だと信じます。

重すぎるメダル

 久々にソチを覗くと、メダルラッシュ?が起きていた。男子フィギアでは19歳の羽生選手が、そして純ジャンプではレジェンド葛西紀明選手が個人で。さらには団体でも銅と一人で二個獲得した。伝説の男はチームメイトを思って男泣き。あの長野での原田選手を思い浮かべるシーンでした。
 さて、例によってワイドショーではメダリストのビハインドストーリーを連日報じております。村長は、過度のお涙頂戴には大反対(見なきゃいいじゃん)ですが、東日本大震災を乗り越えた羽生選手、120万人に一人と言われる難病を抱えながら大ジャンプを見せた竹内拓選手、膝を痛めながら必死で飛んだ伊東選手など、ビハインドストーリーも重いメダル秘話でした。いや、まだまだ出てくる予感も。
 竹内選手は、試合が終わるまで話すつもりは無かったけど、同じ病を抱える人の励みになれば、との思いで告白したそうです。もうジャンプを止めようとおもったこともあったそうですね。これは、東日本大震災直後に自分だけ好きなスケートをしていていいのか?と競技続行を断念しようと思った羽生選手に通ずるものがあります。
 村長が一番感動したのは、最後のジャンパー葛西選手が飛び終えた後、ほかの三人が駆け寄り抱き合って健闘を称えあったこと。普通は順位が気になって、「電光掲示板を見る」-「銅メダル獲得を確認」-「歓喜の輪」-「涙のインタビュー」という流れだろう。しかし、あの四人には順位確認よりも「全力を出し切ったこと」の一体感・安堵感から、自然と喜び跳ねたのだろう。
 忘れてならないのは、メダルを取れなかった選手にもビハインドストーリーはあるということだ。

こういう放送事故なら・・・

 ノーマルヒル・スキージャンプと10キロの距離で争うノルディック複合渡部選手が銀メダルを獲得した。キングオブスキー、兄弟、と言えば浮かぶのはあの双子、荻原兄弟だろう。しかし、ソチでまず名前を上げたのは、渡部兄弟の兄暁斗(わたべ あきと)選手だ。同じく代表に選ばれている、弟の善斗(よしと)選手と共に渡部兄弟の活躍に注目だ。
 渡部選手がスキーに目覚めたのは、長野五輪の時だった。まだ9歳だったが地元白馬村で日本人選手の活躍を見てジャンプを始めたという。インタビューでも「先輩たちが積み上げてきたものに感謝します」と、コメントもキング級でした。
 面白かったのは、テレ東の番組で解説者として番組に出ていた荻原次晴氏が号泣、嗚咽
 
これには村長も思わず、もらい泣きしてしまいました。かつては日本のお家芸だった競技だったが、ルール変更などもあり20年間メダルから遠のいていた。選手への企業の取り組み(スポンサー)も低下するなか、荻原氏は自費で選手を支援してきた経緯もあって、感極まったのだろう。
 「放送事故級の号泣!」などとスポーツ紙は報じているが、このような事故なら大歓迎だ。それにしても、冬の五輪は不勉強のせいか、今日までの日本人メダリスト三名は名前も知らなかった(汗)。

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