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雑草の詩

草野球とアメリカン・フォークが好きな「村長」です

紅白はラジオ用演出で

 もう何年も前からNHK-TVの「紅白歌合戦」は見ておりませんが、ニュース欄に数人の芸能人から感想が載っていた。伊集院光氏「スベってたし」、小倉智昭氏「質が落ちてる」、内田裕也氏に至っては「ふざけんな」と厳しい。総じて、「司会が放送事故レベル」「演出過剰」との意見が多いようだ。
 村長の幼少期の「紅白」の思い出は、(何回目かは忘れましたが)十数人の家族が十二畳の部屋を二つ繋げた部屋に集まりラジオから流れる「歌」に聞き入っていた。男衆は酒を、女衆や子供たちはミカンを食べながら。ごひいきの歌手が出ると拍手が沸き起こったり、一緒に歌う出す人も。炬燵は大人に占領されていたので、子供たちは大きな火鉢にしがみ付くように座っていた。そのうち寒いのとひいきの歌手などいないので飽きてきた子供たちは、炬燵のある別の部屋に逃亡してトランプなどのゲームで遊んでいた。
 テレビの影響で「演出」が重視され、本人の「歌」の妨げとも取れる応援が目玉となり、紅白応援合戦となっている。「歌」を盛り上げる応援やナレーションはアリ、とは思いますが「歌」で勝負したい歌手が真面目に歌うと白けて見える「歌合戦」は異常だ。若い司会者に玉木宏氏や宮田輝氏、高橋圭三氏の話術を求めるのか酷かな? 笑えるのは、「視聴率が大台回復」と聞いて、「ほう!80%を超えたのか」と思いきや、昨年の39.5%からわずか1ポイント上がって40.5%になったとのこと。ははは、40%も数字取れるなら、マンネリ結構!見ないけど。
 大晦日の夜にも仕事をしながらラジオに耳を傾けている人もいる。そんな視聴者(受信料を払っている人)のためにも、「歌」中心のラジオ用演出の放送にしたらもっと数字が上がるかも。
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静かに始まった新年

 津軽の新年は、驚くほど穏やかな環境の中滑り出しました。例年だと朝起きて雪かき、夕方に雪かきという日課がお決まりなのですが、ソレがない。昨日沖縄(石垣島)から何年振りかで青森の実家に帰ったという友人も積雪ゼロの道路に驚いておりました。まずは
 あけましておめでとうございます 本年もよろしくお願い申し上げます
 村長の身辺は平穏でも、全国、海外に目をやると、交通事故や殺人事件、火事にテロと相変わらず物騒な毎日です。UNの新事務総長は「平和な世界を作る」と宣言しましたが、遠く長い道のりに見えます。二か月ほど前決まった、「2017年に核兵器禁止条約交渉の会議を開始する」が、核保有国のほとんどが反対または棄権でした。北朝鮮が賛成したこと以上に奇異に感じたのは、日本・韓国という被爆国側が反対に回ったことでした。「仕方ない」ことなのでしょうが、国際的テロ組織の対策同様、前途多難な問題です。核兵器の保有国と非保有国の対立という構図も気になります。やはり、核兵器を無くすにはソレ以上の兵器が必要なのでしょうか? 
 二日の夜、日本がすべての兵器を無能化するデヴァイスを発明したを見ました。

雪女?

 今月の中旬には41cmまで積もった雪もポカポカ陽気でゼロに。久しぶりの雪のないクリスマス。この分では何年ぶりかで雪のない正月が・・・と、思っていた。ところが、そんな甘い願望は今朝起きて木っ端微塵に。二週間ぶりの雪景色。寝るときはチラチラ降ってはいたが、15cmほどに積もっていた。
 そこへ今日の午後会うはずだった知人から電話が来る。新聞を取ろうとサンダル履きで玄関先に出た際、雪に足を取られすってんころり。足首を骨折。医者に行くからという断りの電話だった。
 そういえば次女東京暮らしを始めた頃、雪道でこけたことがあったそうだ。無理してハイヒールで颯爽と歩いていたのだろう。通行人に「大丈夫ですか?」と声を掛けられた娘は、捻挫した足をかばいながら「大丈夫です!」「津軽から出てきた」、とは言えなかったのでしょうネ。その娘が今日帰省(帰青)するという。雨女ならぬ雪女なのかも?

知らない歌手ばかり

 この季節になると信州の親戚、友人などからお歳暮が届く。昨日宅配された岡谷の義兄からの荷物には、凍み豆腐寒天七味唐辛子に、塩イカ野沢菜漬けなど懐かしい品がいっぱい詰まっていた。早速お礼の電話をかけて近況などを聞く。話は先日テレビ欄で見た、「日本のうた」についても及んだ。
 三十数年前の話で恐縮ですが、当時には無かった素晴らしい会場に驚くとともに、出場者十数組の顔ぶれを見てびっくり。松原のぶえさん、上條恒彦さん以外全く知らない人ばかり。若いグループや演歌系(と思われる)の歌手とヴァラエティには富んでいるのだが、日本のポップス界は歌手が多すぎるのだろうか?それとも何年か前から感じてはいましたが、アイドル大量発生現象なのか? まあ、そこそこCDが売れて食べていければ、他人がどうこう言う問題ではありませんが・・・
 村長が働き始めた頃だから、昭和40年代後半、上條恒彦氏に関してある思い出がある。若気の至りだったのかもしれないが、上司と口喧嘩したことがあるのだ。
 当時は高度成長期で毎日残業、残業の日々でした。その日も例によって食堂では残業組が出前を食べていました。上司の課長を含め十人ほどがテレビを見ながら食事をしておりました。テレビでは当時始まったばかりの人気のドラマ、「木枯し紋次郎」が最後の場面に差し掛かり、芥川隆行氏の渋い声で「・・・なぜ無宿渡世の世界に入ったかは定かでない」が流れてきました。次回予告をして番組は終わるはずでした。
 すると課長、「こんなドラマは嫌いだ。歌も歌手も気に入らない。」と、テレビを切ってしまったのです。まあ、ほとんどの人が食事を終えてお茶を飲んでいましたから、「早く職場に戻れ」という意味なら納得したでしょうが、皆が好きで見ているのを、好きで聞いている歌を歌手を(上條氏は長野県出身)けなされてカチーンときちゃったんですね。「あと数分で終わるんだから見てからでいいじゃないですか。」とテレビの電源を入れたのです、平社員の村長が。
 一瞬、間を置いて皆も村長に同調してくれたのを覚えています。今思うと、だれも味方してくれなかったらどうしたであろうか?と思う今日この頃です。
 ♪ どーこかでー だーれかがー ♪

「怪物」以上、大谷翔平

 先月行われた、侍ジャパン強化試合で打者大谷が放った東京ドームの天井弾に新事実。スポーツ紙では「推定飛距離170m」、評論家の張本氏は「平凡なセンターフライ」と評価はまちまち。そこで東大の浜田監督が、昔取った杵柄という訳で調査を開始。その結果、驚くべき数値が出たという。
 日刊スポーツの記事によると、あの打球の初速(ボールがバットに当たった瞬間)がMLBの最高初速と言われるマーリンズのスタントン選手の199キロをはるかに上回る223キロだった。そして、問題の推定飛距離は?137mブラスマイナス15m。ということは、122mから152mは飛んでいたこととなる。なーんだホームランじゃん。ただし、まっすぐセンターに飛んで行った場合は塀際で捕球されていた(ドームは122m)。あの角度、左打者を考えると右中間のスタンドに飛び込んでいた(ドームは110m)。
 「平成の怪物」と呼ばれる大谷翔平選手は、すでに「平成の魔物」に進化しているのかも?それにしても、170mは大袈裟にしても、平凡な外野飛球と述べた元プロ野球選手の張本氏も「喝!」

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