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雑草の詩

草野球とアメリカン・フォークが好きな「村長」です

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ヘビ級の専門家

横浜市のアパートから脱走?したとみられていたアミメニシキヘビが17日目に発見、捕獲されました。結局「我が家」の屋根裏が発見場所だったそうです。
 数百人の捜索隊が近所の草むら、水辺などを捜索。餌をエサにおびき寄せようとするも不発。そこで捜索隊を率いていた?専門家が、「極、近辺にいる」との確信から、「自宅」の天井裏や壁の中にあたりをつけて捜索した。
 静岡県爬虫類動物園「イズー」の白輪剛史園長は、浴室の点検口から屋根裏を覗いて犯人?を確認。二人がかりで柱にしがみついていた犯人を無事確保したそうです。
 問題は、17日の間の逃走経路。狭い部屋暮らしに飽きて脱走したものの、空腹と寒さから戻ったのか?それともズーッと屋根裏に隠れていたのか。まあ、自白しないだろうけど。
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社会に貢献する

もう何十年前になるだろうか。サラリーマン時代に耳タコになるほど聞かされ、社員にも聞かせた言葉がある。「会社の理念」などの文言中に、あるいは週一で朝礼の中で聞いた社長の訓示。必ず入っていた言葉は、「社会貢献」でした。「会社は社会で成り立っている」とか、「社会と会社は表裏一体」などと使われていました。また、朝礼の中で聴いた啓蒙話にも社会貢献についての訓話が一番多かったと記憶しております。ちなみに、この訓話テープの声は、昔見たあのTVドラマ「Wagon Train(幌馬車隊)」でフリント・マッカラーを演じていたロバート・ホートンの声の吹き替えをしていた中村正さんでした。
 さて、インドでは新型コロナの感染爆発が起きて、医療用酸素が不足する緊急事態に。そこで現地の日本企業である、「スズキ」や「ホンダ」は、工業用の酸素を医療に回すために現地の工場を休みにしたという。何個の工場かは分かりませんが、少しでも社会に協力しようという措置にインドでは感謝の声が起きているそうです。会社が利益をあげ、税金を多く収めるのも社会貢献の一つではありますが、村長的には利益優先の会社は???ですね。この二社の対応には賛辞を贈りたいです。
 ただインドには同情しますが、この時期日本には、というより世界に出かけないでほしいものです。政府の分科会の尾身会長も数日前、「一日2,000人が、外国から人が国内に入っている。」と懸念を表明しておりました。五輪は中止すべきという声も3割ほどあるそうですが、その前に入国者をなくすのが先ではないでしょうか?

「奇跡の鳥居」

3月11日を数日後に控え、テレビでも様々な話題や復興支援番組が放送されている。そのほとんどは、岩手・宮城、三陸海岸や福島で占められている。しかし、八戸市界隈も甚大な被害をうけた。6日、「奇跡の鳥居」として有名な八戸市大久喜地区の小学校で、この鳥居の解説板除幕式が執り行われた。
 「奇跡の鳥居」の名称は、津波で流された鳥居がアメリカの西海岸で発見されたことによる。今回設置された解説板には、その経緯とともに鳥居再建に尽力した人々の功績を称える言葉が書かれている。
 青森に住んで40年、この間の重大事件の第一位は勿論2011年の東日本大震災。第二位は、1993年の奥尻沖地震。この時は、仕事中だったために同じ職場の社員が転倒して大けがをしたため、第二位にランクインしました。この二件に比べたら、三位以下はドングリの背比べ。大雪の被害が続くでしょう。しかし、総合すると雪害を除けば気候的には過ごし易い土地であることには変わりありません。
 7日の日曜日には、八戸市を中心に様々なシンポジウムが開催されたみたいです。「あの日の記憶を忘れないー」が共通のテーマだったそうですが、青森市民にとっても、忘れられない日です。

「ナイスキー」???

時代は令和に入り、昭和は遠くなりにけり、と感じることが多々ある。そんな中、ある記述をネットでみつけた。バレーボールの用語に、「ナイスキー!という掛け声がある」、と言うのだ。何々?
 バレーボールの試合で、「強烈なスパイクを決めて得点すること」をナイスキル(ナイスキーと発する)と呼ぶとのこと。「えー!」村長の半世紀以上前の記憶では、ネット際に鋭角的に決める強烈でブロック出来ない程のスパイクを「キル」と呼んでいた。それは、間違いだったのか?
 あやふやな記憶ではありますが、サッカーの「サドンデス(突然死=Vゴール)」と同じく、キル(殺人)のイメージ払拭のために使用を禁じた。と覚えていたのだ。
 そのうち、野球の「ボールデッド」や「デッドボール」も禁止用語になるのかも?

五輪は?

 昨夜大きな物音に驚き目を開けると、棚の上の目覚まし時計が床に落ちているではないか。地震だ!すぐにTVをつける。震源は福島、宮城らしい。11年前のあの記憶がよみがえる。しかし、数十秒で揺れは収まり。報道でも津波の心配はナシ、原発も異常なし、ということで寝床に戻った。

 森喜朗五輪組織委員長の発言が、謝罪と撤回しても許されず、辞任してもバッシングの嵐。村長には、日米開戦前の異常な集団心理に重なって見える。ボランティアを辞退する人、聖火ランナーを辞めると言い出す人、しまいにはアスリートからも批判が。
 確か東京五輪2020の大きな旗は、東日本の復興、ではなかったか?まあ、そんなの建前だ!と言われればそれまでですが、何%かは、その理念のもと五輪を成功させようではなかたか。東日本の復興を再び、との合言葉はどこへいってしまったのか?その程度のボランティア、聖火ランナー、アスリートなんだろうな。
 少年だった村長の記憶に残っているのは、東京五輪1964で見た閉会式の光景でしょう。そもそも閉会式まで選手たちが残っているのが珍しいことで、旗手と少数の大会役員による閉会式が一般的でした。そんな厳粛さを想像しておりましたが、目に飛び込んできたのは、何千人もの選手・役員が入り混じっての狂喜乱舞(ちょっとオーバー?冬ということで)だったのです。「和」の精神をそこに見つけた日であります。

 歴史は繰り返す、とはよく聞く言葉です。しかし、繰り返してほしくない事は沢山あります。そして、あのイビチャ・オシム氏の言葉を思い出さずにはいられません。「新聞は戦争を始めることができる」

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