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雑草の詩

草野球とアメリカン・フォークが好きな「村長」です

テレビCM、「ロリポップ」

 何のCMかは分からないが、テレビから流れてきたメロディー。

♪ Lollipop Lollipop Oh Lolli Lolli Lolli ♪

 大昔に大ヒットしたコーデッツ(The Chordettes)の歌う、「ぺろぺろキャンディー」じゃあなくて、「ロリポップ」だ。当時、ガールポップ(いささか歳は食っているが)として、一世を風靡しました。You Tube で懐かしい映像が見られます。
 このPVで、指と口で「ポン」と音を出しているのは・・・なんと、若き日のアンディ・ウィリアムスではあーりませんか。
 さらに、一番最後のシーンで、コーデッツと並んで映っている二人組は、エヴァリー・ブラザーズ。こちらも、若いですね。ちなみに、村長的にはあまり賛同できないのですが、ビートルズのデビュー時、「4人のエヴァリー・ブラザーズ」などと呼ばれていましたね。
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ブラウンズのヒット曲、マリア?マライア?

 男性のジム・エドワード・ブラウンを中心に、姉のマキシ妹のボニーのトリオ、ザ・ブラウンズ。ヒット曲のほとんどはカバーが多く、「谷間に三つの鐘が鳴る the Three Bells 」「いとしのクレメンタイン My Darling Clementine 」などがあります。
 マイ・コレクションLPに、「ヤングランド/ブラウンズ」というのがあり、その中の一曲、「マリアという名の風 They Call The Wind Maria 」に関しての疑問、マリアなのかマライアなのかを検証?してみる。

 マリアと言えば、高一の時放送委員会の取材を兼ねて見た、「ウェスト・サイド物語 West Side Story 」の劇中歌、「マリア Maria 」が思い浮かぶ。トニー役のリチャード・ベイマーが歌う、「マリア」は本人の声らしいが、ナタリー・ウッド演じるマリアの声はマーニ・ニクソンさんだ。
 トニーは何回も「マリア マリア ・・」と歌っている。一方「マリアという名の風」(ブラウンズ物が無いので、フランキー・レインで」」では、「マライア」と発音している。何回聞いても「マライア」だ。ならば、邦題「マライアという名の風」が正解ではないだろうか?

日本のラップの初出?

 最近耳にした言葉がある。「ラッパー」だ。正月、お泊りに来た孫たちの会話の中に、「○○の△△は、ラッパーなんだよ・・・」というのが聞こえてきた。
 「ラップ・ミュージック」が、音楽というジャンルに入るのかチョット疑問はあるけれど若者の間で流行っている「ラップ」は知っていた。しかし、それを歌う人を「ラッパー」と呼ぶことは初耳だった(恥)。
 ウィキによると、「ラップ」は60~70年代に発祥したらしい。日本では、80年半ばに佐野元春や吉幾三?が挑戦したのが「お初」とある。ここで、ある疑問が・・・。
 
 1970年代後半、長女がよく観ていたテレビ番組がある。「ママとあそぼう!ピンポンパン」だ。その中で酒井ゆきえさんが子供たちと一緒に歌っていた曲がある。タイトルは忘れた曲だが、歌いだしの歌詞が強烈だった所為か、今でもそこだけは、はっきりと覚えている。
♪ クジラの子供はイルカ
  イルカの子供はマグロ
  マグロの子供はニシン ・・・ ♪
 そして、酒井さんのオン・ビートで、語るようなセリフが続く。(はっきりとは覚えていませんが
)、「かたちは それぞれ ちがうけど みんな うみの だいかぞく ・・・」のような。
 ☆☆これはもしかして、わが国のラップの「お初」ではないだろうか?

マイアミビーチ・ジルバ、イブのダンパ

 1977年のクリスマス・イブ、あるダンスパーティーの会場に村長はいました。と言っても、ダンスに関しては「フラワー・オンザ・ウォール」でして、友人に頼まれて生バンドのリードギター(エレキ)として参加していたのです。

 勤労青少年ホーム(勤青ホーム)という若者の交流場の文化祭などで演奏活動をしていた「かっきーず」というバンドの助っ人として何回かは参加しておりました。当時はカラオケなどありません。文化祭の催しで「のど自慢大会」伴奏が主な仕事でした。何故、1977年かと言いますと、この年、狩人という兄弟デュオが歌い大ヒットした、「あずさ2号」が信州の街角に溢れておりました。この曲をレパートリーに入れたいという女子高生のマンドリン二人「かっきーず」四人の要請で参加したのが最初でした。
 <風の噂では、この時の女子高生の一人は「かっきーず」のバンマス(サイドギター)と夫婦になったとか>

 この年の秋口、勤青ホームから「クリスマス・ダンスパーティー」で生演奏をしてくれ、との話があり、何曲か練習することとなりました。しかし、エレキギターのメロだけではレパートリーに幅がありません。そこで、知人のサックス奏者を加えることに成功します。新たにレパートリーになったのは、カトちゃんのギャグでも有名な「タブー」「マイアミビーチ・ルンバ」「アフリカの星のボレロ」。「マイアミ・・」はザビア・クガート楽団の持ち曲で、ザビア・クガートは、「ルンバの王様」と呼ばれ、「X」から始まる珍しい名前の人でも有名です。Xavier Cugat

 さて、クリスマス・ダンパは盛り上がって、参加者からのリクエストだ、と言って「ルンバ」、「ワルツ」、「ジルバ」などの指示まで出されます。
 実は「ジルバ」といった速いテンポの曲は、「ジングルベル」しか用意してありません。何回もジルバのリクエストがくるのでバンマスも考えたのでしょう。「よし、マイアミをジルバでやろう」
 結果は火を見るよりも明らか。途中でサックスが脱落。必死でカウベルを叩いているドラムの彼もへとへと。約2分で見事にTKOと相成りました。「すみません。明日はジルバの曲を増やして参りますので・・・」と、謝罪するバンマス
 翌日、一夜漬けの「ライダーズ・インザ・スカイ(シャドウズ)」「シンディグ(シャドウズ)」をレパートリーに加えて、無事初のダンパを乗り切ったのでした。なんだ、単にエレキのナンバーを加えただけじゃん?
 ちなみに、「かっきーず」の意味は、「(恥)かっきーず」なんだそうです。
 

クラリネットの思い出

 ある楽器を聞いて、ある楽曲を連想することは多い。ガットギターなら「禁じられた遊び」サックスなら「タブー」トランペット「真夜中のブルース」など。そしてクラリネットといえば、「ラプソディー・イン・ブルー」ではないでしょうか。独断と偏見?
 ---- 閑話休題 ----
 1959年(昭和34年)青森市のキャバレー「ニューサロン」で専属バンドのリーダーとして働いていた鶴ヶ谷嘉宏というクラリネット奏者がいました。コピー機など無い時代。団員の楽譜を一枚一枚手で書く作業は大変であったと思います。
 「温度計を入れていた棒状の木のケースを転がしながら、一本一本、五線紙の線を引いていた。その間隔が全然ずれない。なんでこんなに正確に線が引けるんだろうといつも思いながらみていた」、と語るのは長女の公子さん。
 「机に向かう前、彼はいつものようにクラリネットを取り出すと、決まったある曲を吹いてその日の音を確かめていた。」は、次女恵子さんの記憶。その曲が「ラプソディー・イン・ブルー」だったのだそうです。

 村長が高校三年の時、クラリネット担当のO君ドラムスのK君の三人でバンドを組もうと語り合ったことがありました。ギター、機械笛、太鼓で何をやろうとしたのかは、未だに謎のままですが()。その機械笛のO君にリクエストした曲が、「ラプソディー・イン・ブルー」でした。導入部だけでもいいから、とせがみましたが結局吹いてはくれませんでした。自信がなかったのかな?
 尚、この変わったトリオ「話合い」だけで終わり、一回も音を出さないまま自然消滅してしまいました()。

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