忍者ブログ

雑草の詩

草野球とアメリカン・フォークが好きな「村長」です

滑って転んで

 10日の月曜日、玄関先で滑って転んで右膝と右腕を三和土に強打。幸い打撲と擦り傷で済んだのだがキーボードを打つのにも不自由、マウスを操作しても右腕に痛みが走るので、今日までブログもお休み。
 妻が、「水撒いたから気を付けて」と言ったのに、若いつもりでヒョイと家に飛び込もうとしてコケてしまったのだ。カッコ悪いので、その場は痛みを堪えていたのだが、擦り剥いた膝がズボンに擦れて痛むので、大きな絆創膏を張ろうと探しているところを妻に見つかってしまった。「消毒しなきゃダメでしょ。お馬鹿さんねぇ」だって。
 昭和30年代前半、「逆帰宅部」だった村長は、ほとんど家にはいなかった。今みたいにゲーム機は無いにしても将棋や碁、トランプに興じることは少なかった。周りの仲間も皆、膝小僧には赤チン絆創膏うさぎを追ったり、小鮒を釣ることは無かったが、三角ベースボール当てゲームの毎日だった。そして、そういう場所を見つけて遊んでいた。
 今の小学生は?遊ぶ場所を探すのが苦手らしい。近所には冬の雪投げ場があり、三角ベースには十分な広さなのに、遊ぶ児童はいない。

 もう40年位前、東京は中野区の下宿に野球好きの仲間がいた。とある日曜日、村長と徳島のH君は下宿の浪人生を誘って近くの小学校の校庭で野球をやっていた。誰もいなかったので思う存分走り回っていた。すると、先生らしき人が現れ、「一般の方はご遠慮下さい」と追い出されてしまった。
 さらにさかのぼって高校一年の時、諏訪市の湯の脇というところに住んでいた。この時の遊び場は想像を絶する空き地だった。広さは200坪くらいなのだが、大きな石がごろごろと転がっており、それを囲むように大樹が茂っている。ここで野球をするのだが、外野手は大きな石の上で守る。さらに大きな飛球は大木に当たっていろんな方向に跳ね返ってくる。まるでピンボール状態だ。あの空き地は今もあるのだろうか?
 久々の膝絆創膏を見ながら、懐かしい思い出に浸った村長でした。
PR

コメント

若い積りで・・・

書き込み有り難う御座いました。(レスは当該記事のコメント欄に付けさせて貰いました。)

遅まき乍ら、御怪我の具合は如何でしょうか?完治されている事を御祈りしております。

子供の頃に見ていた刑事ドラマで、若手刑事が犯人を追っ掛ける際、ガードレールをヒョイと跨ぐシーンが強く印象に残り、若い頃は格好を付けてわざわざガードレールをヒョイと跨ぐ事をしておりました。30を超えた頃、同じ感覚で跨ごうとした時、思った以上に足が上がらず、足を取られて倒れてしまい、非常に恥ずかしい思いをした事が。若い積りでいたのですが、此の時には「中年」を感じた次第です。
【2011/10/19 12:02】 NAME[giants-55] WEBLINK[URL] EDIT[〼]

無題

giants-55様 コメントありがとうございます。お蔭様で順調に回復しており、来週には草野球復帰の予定です。妻は、「もう今年はやめたら」と冷ややかですが。
 ガードレールではありませんが、子供の頃通学途中の道端に生えていた草木を毎日飛び越えて登下校していました。大きく伸びた木を超えることができれば忍者になれる、と信じて。
【2011/10/19 13:30】 NAME[村長] WEBLINK[] EDIT[〼]

コメントを書く

お名前:
タイトル:
文字色:
メールアドレス:
URL:
コメント:
パスワード:   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

トラックバック

この記事にトラックバックする:

カレンダー

02 2017/03 04
S M T W T F S
1 2 4
5 6 7 10
12 13 14 16 18
19 20 21 23 24 25
26 27 28 30 31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

[03/23 giants-55]
[03/09 村長]
[03/08 giants-55]
[02/22 giants-55]
[02/06 giants-55]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

P R