今月の4日からセパ交流戦に突入したプロ野球。仙台での楽天戦は、一点を争う好試合。村長も最後の最後まで見入ってしまいました。色々な見どころがありましたが、まず驚いたのが巨人のスタメン。開幕から4番を張ってきた岡本を6番に下げ、打撃好調の坂本を4番に据えたのです。
試合はG今村、E塩見両投手が好投し、バックも双方ノーエラー。まさに一点を争うロースコアの接戦でした。0-0の均衡を破ったのはGの陽選手。得意の右打ちで久々の本塁打は5回表であった。しかし、その裏のEもブラッシュ選手という独特の構えの6番打者が左翼席上段に同点アーチ。その後は1-1のまま中継ぎ陣も好投して8回裏へ。
彼が投げると負けない、というジンクス?がある高木投手が浅村選手に手痛い一発を浴びてしまう。そしてEのマウンドにはJapanの守護神でもある松井投手。はっきり言って村長も9割方負けを覚悟しました。昨年の岡本選手だったら、半々くらいで「もしかしたら」と思ってでしょうが、今年は・・・
ところが、6番岡本選手ががヒットで出た。次は今巨人では一番「意外性のある男」ビアヌエバ選手。その意外性の男は、松井投手の失投を見逃しませんでした。見事な逆転2ランホームラン。でも、ドラマはその裏に待っておりました。
新ストッパーの中川投手。先頭の銀次選手にヒットを許すと怖いブラッシュ選手に四球。またまた「いやーな予感」が。しかし、小林捕手の肩。さらに言えば、打撃ではまったくいいところがない小林捕手を代えなかった原監督の采配も勝因と言えます。いつもなら、代打を送っていたでしょうが、この試合は最後まで使いました。彼の持ち味は肩。鬼肩などと言われている通り、今のところ肩だけが頼りの男。その肩が二塁走者を刺したのです。これに応えて中川投手は後続を三振で締めてガッツポーズ。ManOfMatchにはビアヌエバ選手が。でも小林捕手の肩もかなり勝利に貢献したと感じたのは村長だけでしょうか?
PR
♪ ここは お国を何百里 離れて遠き満州の・・・ ♪
と歌われた「
戦友」は日露戦争直後の、1905年に作られました。同じ頃
ロシアでも同様な曲が作られます。ロシア語は全く知りませんので、ネットで拾った邦題を引用すると「
満州の丘に立ちて」らしいです。「戦友」がいわゆる軍歌であるならば、「満州の・・」も
軍歌、ということになるでしょう。
それから約半世紀後、その「満州の・・」をもとに
ロック(エレキサウンド)にアレンジした曲がヨーロッパから広がります。フィンランドのエレキグループ、
ザ・サウンズです。日本では、「
さすらいのギター」と訳され
小山ルミの歌でも大ヒットしました。また、ベンチャーズがリバイバルヒットさせていますので、そちらで聞いた人も多いのではないでしょうか。
この「満州の・・」は「さすらいのギター」と
名を変えましたが、ヒットさせたサウンズの原題は、「
Mandschurian Beat」。直訳すれば、「満州の鼓動」でしょうか。
日露の紛争の地はやがて、清朝の最期の皇帝を引っ張り出して満州国を建てた
日本と列強との紛争の地に。ついには
WW2へと突入してしまします。
「さすらいのギター」という
哀愁を帯びた旋律は、「戦友」、「満州の丘に立ちて」と重なって聞こえます。大ヒットした「さすらいのギター」ではありますが、もし「満州の丘に立ちて」とか「満州の鼓動」といったタイトルだったらヒットしていただろうか?と考えた
村長です。
PS.高校生時代この曲を弾きながら、自作の
真空管ギターアンプにトレモロ装置をくっつけた因縁の曲でもあります。かなり苦労したのを思い出します。
おもわず笑っちゃいました。いつも通りYouTubeで動画を見ていると、いつも通り広告が出てきました。即、×をクリック・・すると、広告の二行目の分が目に飛び込んできました。「2分以内に、あなたの運転者を更新してください」。
ははあ、新手の詐欺だな。と、ピーンときた。日本語訳が変なのは外国人の詐欺グループ?「ドライバー」は、「ドライバー」だろう。もし日本語で言うなら「コンピューターのハード機器を動かす基本アプリ」?かな。まさかパソコンの中に小さな人間が入っていて、ハードを動かしているとでも。それでも運転者って・・・。
勿論、村長のパソコンのドライバーは最新だし、ウィルスソフトも月額数百円で対策済み。ホント、うるさい広告には辟易しますネ。でも、ユーチューバーとやらにとっては、この広告が飯のタネなんでしょうが、「ドライバー」を「運転者」と理解してしまった人はひっかってしまうだろうな。と、思ってしまった村長です。
アルコールの力を借りてアホな発言をした野党議員がおりました。党代表は彼を除名処分。他の野党は議員辞職を勧告。でも、一応国民から選ばれた代議士であることを考えれば議員辞職は本人に任せるべきでしょう。
これに
国際ジャーナリストの北野幸伯氏が意見を述べております。「
戦争などもってのほか」には激しく同意。戦争で失った領土を戦争で取り戻す、これってどこかの国と同レベルに成り下がること。議員の真意はわかりませんが、「
暴力のエスカレート」、「
報復の連鎖」、にも繋がる暴言には大方の日本人は反発していると思います。
北野氏は語ります。領土問題は
経済問題だ、と。政治的には
強硬策はダメということを強調しております。彼らは、条約違反の戦争参戦、シベリア抑留(国際法違反)は教えられていないのだとか。「
日本悪玉」でなければならない。それを思えば、アメリカ、中国も基本は一緒。当時一緒に戦った、お隣さんでさえソノ論で固まっておりますね。
今、日本政府がとっている経済協力、民間交流、漁業権交渉などなどで友好関係を築き、領土問題は棚上げすべきでしょう。戦後70年以上経ても進展しないのですから。経済交流を基盤に
機が熟すのを待つしか方法は無いのです。それを北野氏は、「日本が戦勝国になること」と称します。氏は、こう結びます。
「安倍総理が歴史に名を刻むのは、日本を敗戦国から戦勝国に転換させたとき」。無理じゃん。
一議員の発言は政府の足を引っ張っただけ、ということのがわかりました。
あの「海の女王」と呼ばれている「クイーンエリザベス号」が来るというので、ミーハーな村長も一目みておこう、と車で新青森港へ。ノロノロではあったが、なんとか港へたどり着く。すると、交通整理しているおじさんに、「一般車両はUターンしてください」。「ん???」ニュースではそんなこと言ってなかったと思うが・・・。
おじさんに「近づけないんですか?」と訊くと、「混雑して、警備上の問題があるので入れません」とのこと。テロ対策も兼ねての措置らしい。でも、百メートルくらいまで近づけたし、その壮大さと、何層にも重なった客室、まさに「海の女王」の名にふさわしい雄姿であった。
弘前の桜などを見学したりして、夜には港を離れるそうだ。昨年は、史上最多22,23隻の大型客船が寄港したと記憶する。「先立つものがあれば、ゆっくりと船旅したいね」。実感!