草野球とアメリカン・フォークが好きな「村長」です
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韓国の大統領が竹島に上陸し日付や署名などを記した。これに対し日本政府は在韓日本大使を一時帰国させ、抗議の意思を示した。
一方、海上保安庁の幹部の話として、「実効支配されている以上、何も出来ない」って、それじゃあダメじゃん。実効支配を認めたら、竹島は韓国領であることを認めたことになってしまう。
また軍事的実効支配を続けていることについて野田総理は、「我が国の立場と異なる、到底受け入れられない」と述べたが、もう何年も黙認してきたのが日本政府。
それとも野田さん、李大統領のパフォーマンスを真似て、竹島訪問⇒民主党代表選勝利⇒内閣支持率アップ⇒近いうち解散を任期まで延期・・・なんちゃって。PR
必死の新打線!?で望んだタイガースであったが、最後に逆転されてしまった。G杉内投手の立ち上がりを攻め、ノーヒットで1点を奪った攻撃は見事。その後もジャイアンツは守りのミスを連発。防戦一方の展開。ただ、好機を生かしきれないのが今のタイガース。
8回裏1-0のままGの攻撃。ここで、見ていて「おや?」と思う和田采配が。6,7回を三者凡退に退けたスタンリッジ投手が先頭の藤村を四球で出す。一死二塁となり、1番長野を迎えた場面は、スタンリッジの代え時では?結局、長野には避けた感じの四球。ここで、絶好調の左の松本を迎える。さすがに、ここは左の投手をぶつけるだろう?
しかし、タイガースは動かない。松本はセンター前にクリーンヒット。クリーンすぎて二走藤村は還って来れない。一死満塁だ。打席には好調3番坂本を迎える。Tはまだ動かない。結果論かもしれないが、藤川に5アウトを託す手もあったかな?と感じたのは村長だけだったでしょうか?
坂本には右犠飛を打たれて1-1の同点に。やっと和田監督が動いた。左の4番阿部に左の筒井をぶつける。
「一人エンドランの気持ちで、打てる球は全部打つ気持ちで打った」という阿部の一打は見事な逆転3ラン。8回表を三人で片付けたルーキー田原にプロ初白星が舞い込んだ。お立ち台には、田原投手と阿部捕手ではなく、阿部一塁手が並んだ。
前夜に自打球を当て足に違和感がある坂本と、やはり足に違和感を感じて一塁を守っていた阿部に決められるとは。阪神タイガース再生には大手術(リストラ?)が必要なようだ。
ロンドン五輪のバドミントン女子ダブルスで前代未聞の4チーム8名失格という不名誉な決定があった。ニュース映像を見る限り8名には言い訳の余地は無い、と思うが。ちょっと考えて、うーーーん、有り得るかも。
あの決勝トーナメント表を見ると、世界ランク1位と2位の中国としては、別ブロックになると金、銀を手にする可能性が大きい。誰でもそう考えるだろう。そこで「負けにいく試合」を戦術として選んだ。それを読んだ(察知した)韓国チームも「負ける試合」を選択。結果としてミスの連発、ラリーにもならない無気力な試合となってしまった。
大会運営者はこうなる事態を予知できたはず。一国ニチーム出ていれば同じブロックに入ることは避けるのは人情。また、二位通過を狙うことは戦略的にはアリ。サッカーなどで引き分け狙いの戦い、はよくあること。しかし、当たりたい相手を選べる(負けることによって)ことが、二位通過の特典になっては制度上の不備と言われても仕方ないでしょう。
対応策として言われるのが、決勝トーナメントは抽選で対戦相手を決める、という意見がある。それも一理あるが、決勝トーナメントを睨んで必死に一位通過を勝ち取ったチームにとっては特典とはならないデメリットとなる。
そこで、妙案(奇策?)を。負けたい組は試合前にその旨を申し出る。申し出を受けた運営側は対戦相手に同意を求める。対戦相手が承諾すれば試合は申し出側の不戦敗となり、丸く収まる。ただし、観戦チケットは払い戻しに。
また、対戦相手が拒否した場合。ガチの試合をしてもらう。そして、勝った組が負けたことにするのだ。これにて、一件落着。
「7月28日-その②」は少々重い話なので、ワンクッションを。今朝は眠い目をこすりながら、ロンドン五輪の男子サッカー日本vsモロッコをTV観戦。先日のスペイン戦は見逃したので、--というより、まさか勝つとは思っていなかった-- 今回は応援することに。
試合は前半を終え0-0の展開。ラマダン中で断食の影響があるというモロッコにやや押され気味だった。後半も一進一退が続く中、清武や大津の惜しいシュートもあったが残り時間は7分を切った頃相手の一瞬の隙をつくビッグプレーが飛び出した。
そのプレーの始まりは、モロッコGKのゴールキックからだった。大きく蹴ったボールは日本DFの最後尾まで飛んでいく。モロッコDFはラインをかなり上げて守る。なんとか一点を取ろうとGKとDFの距離が広がった。日本DFがヘッドでフィードしたボールはMF清武の足元にピタリと入る。
清武は一瞬のうちに、FW永井の位置を確認していたのだろう。永井とは逆の方向にドリブルすると左後方の永井を見ることなくDFの裏へフワリとパス。
ライバルはウサイン・ボルトという野人二世は相手DFを軽く振り切る。GKは「ヤバイ」と感じたのかエリアを出てボールに向かう。永井には勝てる、と思っての飛び出しだ。しかし、永井の右足はGKより一瞬早かった。アウトに引っ掛けたボールは大きくバウンドする。実況アナの声、「入れー!!」、「入った!!」。
アディショナルタイムに危ない場面もあったが、GK権田、DF吉田が身を挺してシュートを阻止。これで、勝ち点6失点0で決勝T出場決定。さらに、最強と言われたスペインはホンジュラスにも0-1で負け、予選敗退が決定。
「グラスゴーの奇跡」などと屈辱的な賛辞を受けた五輪男子サッカーだが、フロックでないことを証明した。なでしこと共にアベック金も夢ではなくなってきた。だが、実況アナの「入れー」はNGだろう? まあ、たかが五輪ではありますが・・・
青森市民にとって忘れることの出来ない日、それが7月28日である。そして我が家にとっては、二年前に亡くなった父の命日でもある。三回忌法要のために久しぶりに来た孫たちに、「今日は何の日だ」と聞いてみた。「ひいお爺ちゃんの亡くなった日」は直ぐに返ってきたが「青森空襲の日」は出てこない。
ヒントとして、「国道から海手に向かう道路(税務署通り、柳町通り、八甲通りなど)が国道並みに広いのはなぜ?」、と聞くと「ねぶたが通るから」だって。
昭和20年に入るとB29の本土爆撃はその激しさを増した。3月に東京を空襲したのを機に青森市は国道から海手の主要道路を拡幅し、焼夷弾による延焼に備えた。なんでも沿道の家を3,000戸ほど強制解体しての大工事だった。*ちなみに7月初め米軍は空襲の予告ビラを投下。これを見た青森市民が市内から避難を始める。これに対し国と県は食料配給を停止するなどのペナルティを発表し、市内に戻るように説得。市内に戻った市民など1,018名が命を落とした。これは、従来の焼夷弾をより強力にした新型爆弾が使用されたためである。道路拡幅もバケツリレー、簡易防空壕も役に立たなかった。
村長が小学生の時、夏休みで訪れていた頃の税務署通りの大町近辺には「に組」の大型ねぶた小屋が建った。今より5,6メートルは道幅が広かったと思う。当時は近所の仲間との遊び場だったり、紙芝居の自転車が来ると人だかりが出来た。この細長い空き地が、戦争の産物だったと気づくのは高校生になった頃だった。